2022年3月28日

日本初の愛される「酒粕専門店」をめざして。
酒粕を、日常に。

文:高橋マキ
写真:熊谷直子、盛岡絢子

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酒粕は酒づくりの副産物。年間100トンの酒粕を、私たちの暮らしの宝物に。

約350年の長きに渡って実直に酒づくりを営んできた「玉乃光酒造」が、2022年3月1日に酒粕専門のレストラン&ショップをオープンしました。なぜ酒粕なのか。このプロジェクトはどうやって生まれたのか。自ら“酒かす副社長” と名乗る羽場洋介さん、発酵マニアの異名を持つ経営企画部の山川結さんに、オープン前の店内でお話をうかがいました。

2022年3月28日 インタビュー

約350年の長きに渡って実直に酒づくりを営んできた「玉乃光酒造」が、2022年3月1日に酒粕専門のレストラン&ショップをオープンしました。なぜ酒粕なのか。このプロジェクトはどうやって生まれたのか。自ら “酒かす副社長” と名乗る羽場洋介さん、発酵マニアの異名を持つ経営企画部の山川結さんに、オープン前の店内でお話をうかがいました。

右・羽場洋介さん(玉乃光酒造株式会社副社長)、左・山川結さん(玉乃光酒造株式会社経営企画部)。2022年3月1日、京都・烏丸高辻にオープンした「純米酒粕 玉乃光」2階にて。

京都の人と一緒に、京都のブランドを

——京都では初のアンテナショップ開店ということですが。

羽場:
そうですね。飲食店という意味では、東京の八重洲や大手町などのビジネス街、大阪の梅田など、ビジネス街に「玉乃光酒蔵」という居酒屋を数軒経営してきました。

山川:
ビジネスマンに人気ですよね。私は出身が神奈川なので東京に友達も多いんですが、友だちから「お昼食べに行ったよー」って連絡が来るくらいです。

羽場:
ただ今回の出店は、これまでの居酒屋とは全然違うと考えています。だから社内でも「アンテナショップです」と言い続けてるんです。直営店とかレストランとか、あえて言わない。「それって何?」って聞かれて、その度に何度でも説明したい。

山川:
物販は、ほぼ初めての挑戦です。アンテナショップを機に、オリジナル商品を増やしていけたらと考えています。

羽場:
何もかもが全く初めてのことだから、とにかく大変なことばっかりやけどね。ここは、売り上げということよりも、新しいお客さんに届けばいい。玉乃光が、新しいことをやってるぞ、ということを伝えるという意味では、メッセージ性が強いと思っています。

酒かす副社長こと、羽場洋介さん。三重県松阪市出身。2021年8月より、家業である「玉乃光酒造」副社長に就任。
山川結さん。自分で味噌や糠床を育てるほどの発酵マニア。京都のジュエリー会社に就職するも、酒造りの夢が諦められず「玉乃光酒造」の門を叩く。約7年間、醸造課にて酒造りを行ってきた。

——店舗も、築100年の京町家をリノベーションされました。

羽場:
玉乃光は京都・伏見のお酒なので、やっぱり、京都ということを感じられるプロジェクトにしたい。物件も町家、社外にお願いするプロジェクトメンバーも京都のライター、デザイナー、カメラマンと一緒に、と企画してきました。販売、料理人、酒器をつくる人……これからも、京都の人が集まってくれて、京都のブランドになっていけたらと。

昭和初期まで家具屋街として栄えたこの地でかつて箪笥製造卸を営んだ、築100年の京町家をリノベーション。

羽場:
今回のプロジェクトのために、オリジナルの酒器もつくってもらったんです。京都の人とやりたい、っていうのはここにもあって、京焼・清水焼の新進気鋭の作家さんにお願いすることができました。

酒蔵のオリジナルの器って、どうしても、いかつくてスゴイという印象ありませんか?だから、できるだけすごくないのをつくりたかったんです(笑)。

例えば、熱燗用の徳利。今さら再び家庭の食卓に徳利を普及させるなんて、きっともう無理でしょう。レンチンも難しい、洗いにくいカタチ……現代の暮らしの中では使いにくい。酒器を日常に使ってもらうためには、格好よくていかついものより、手になじんで使いやすくて、それでいて心がホッとするものが必要なんじゃないかなと。絵付けもせずに、シンプルな色と形で、レンチンもできる。便利さ、手軽さに重点を置いて、お茶の急須にヒントを得ました。

こうやって持つと、熱くないし、所作もキレイに見えるでしょ。

山川:
このオリジナルの酒器は、1階のショップで購入できるようになっています。お店で気に入って、「家でも使いたい!」って思ってもらいたいですね。

京焼・清水焼の窯元「陶謙窯」とのコラボレートで生まれたオリジナル酒器。ろくろ挽きによる心地よいゆらぎを大切に、愛着をもって日常づかいできる器。

粕汁の出てこない酒粕専門店

——レストランのメニューにも、たくさんの工夫がありそうです。

羽場:
日本酒や酒粕を日常に溶け込ませるための取り組みをしたい、というのが第一にあって。そのためにはとにかく、器ひとつにしても、酒粕にしてもハードルを下げたい。敷居を下げたい。日本酒に対して、身構えない空間でありたいんです。酒粕料理がどんなものか、全く想像つかない人も多いと思うのですが、おでんを始め、酒粕を使ったメニューが半分を占めています。そしてもう一つ思い切ったことをやってまして。

粕汁を出してないんです。

——えっ!

羽場:
メニューに粕汁があったら、みんな粕汁飲むでしょう?そうしたら、どう思うかなって考えたんです。

好きな人にとっては「なんなら、うちで作ったほうが美味しいかも」「私が作るほうが美味しいわ」ってなるような気がするんです。粕汁って、そういう存在なんじゃないかなって。だから、まずは粕汁以外の多様なメニューを見せたいんです。

山川:
なるほど。そう考えると、専門店として粕汁を出すには、なかなかのハードルを超えなくてはなりませんね。

羽場:
もちろん、絶対出さないというわけじゃなくて、お正月とか、季節限定で出して行こうと思ってるんですけどね。定番で出すと、粕汁屋になっちゃうから(笑)。酒粕を日常化させるための、思い切ったチャレンジです。

山川:
他のお店でも出してますからね、粕汁は。

羽場:
この先、食べた人を「なんじゃこりゃ!」と唸らせるほどのスペシャルな粕汁が開発できたら出すだろうけど。

山川:
酒粕の店なのに粕汁がないんだって、逆に話題になるかもしれませんね。

乃光の酒粕だから、できること

山川:
このプロジェクトを始めてから、意外と、多くの人が酒粕に興味を持ってくれるんだなって実感しています。自分が気にしてるからかもしれないけど、酒粕を使った商品が世の中にはこんなにもたくさんあるんだなってことにも気づきました。

今までは、玉乃光には板粕しかなかったけど、今回、ねり粕と酒粕パウダーが誕生したので、できることが格段に広がりました。食材として使いやすいねり粕とパウダーは、これまでもずっとリクエストいただいていたので、お待ちいただいていたお客様に「できました!」と報告できることもうれしいです。

正直、商品開発とかOEMの進め方もよく分かってなかったので、初めはできあがってくる商品が全部よく見えちゃって、全部「はいはい、オッケーオッケー」ってなっちゃってたんですが、今、ひと通り、第一弾の商品ができあがってきて思うのは、もっともっと制作に関わっていかなくちゃいけないのかなということですね。

羽場:
お!いいじゃん、いいじゃん。

山川:
言われたままではなく、もう少し自分から踏み込んで関わろうと思えるようになってきました。

羽場:
僕は初期投資と合計金額しか見れないからね(笑)。計画の許容範囲なら、何日も研修受けにいくより、よっぽどいいよ。それでいい。やってみないとわからないことだから。

山川:
エラーばっかりですけど……。

羽場:
いやいや、トライしてからエラーしてや!笑

——ここ数年、発酵ブームというのもあって、これまで酒粕専門店がなかったのが意外です。

羽場:
あくまで、カッコ付き(自社調べ)ですけど、日本初って言えるんじゃないですか?

発酵や麹をテーマにしているところはたくさんあるけど、酒粕専門店はありませんでした。最初に考えたその理由は、やっぱり「美味しくないから」じゃないかと。でも、僕は今、毎日食べ続けている生活で、確実に腸活にはなってるし、健康的には間違いなくいいなと感じています。美味しいかどうかだけでなく、昔から続く日本食として健康的な意味合いもあるから、価値はあるはず。

そして、考えられる一番大きな理由は、商売レベルまで持っていける酒粕が、世の中にもうないんじゃないかなということです。

うちなんか、ああいう真面目なお酒作りやから、柔らかい酒粕になるんですけどね。効率よく日本酒を取ろうとすると、イーーッと絞り切ってしまうから、文字通り、ほんまのカッスカスの酒粕が残ると思うんです。

そもそも酒粕ってお酒づくりの副産物で、つまりは不要なもの。日本酒業界だけでなく、世の中は不要なものをなるべくなくそうって、ここ何十年ずっと取り組んできたわけで、そもそも酒粕ができないような新しいお酒づくりの技術もできています。
そんな中、うちはずーーっっと昔ながらのやり方を変えずにやり続けた結果、「うちしかそんなもん持ってない」みたいな状態が奇跡的にできてしまった。ここはほんとに面白いところです。時代が変わってもずっと同じことやり続けてきたので、一周まわって新しくなったんだと思います。玉乃光がまじめであるが故ですね。

山川:
たしかに、そうかもしれません。

羽場:
手づくりで作った純米吟醸酒の酒粕を100トンも持ってるなんて、どこにもないから。

山川:
はい。しかも、最高にクオリティの高いやつを、ですからね。

羽場:
だから、うまく流通すればうちが一人勝ち……というのは夢の話で、ライバルがいないということは、仲間もいないということだから、ムーブメントをつくりづらいだろうね。だから、まずは京都から。京都の仲間だけでも「玉乃光の酒粕、すごい!」って思ってくれたら、それだけで100トンを消費できる。

京都でしか手に入らへん純米酒粕100トン。使い切れたら、めちゃくちゃかっこいいなって思います。

——玉乃光の酒粕は、その「白さ」も特徴ですよね。

山川:
精米歩合(玄米を外側から削り、残った割合)が低いお米しか使ってないからですね。玉乃光では純米吟醸酒、純米大吟醸酒しかつくってないので、しっかりお米を磨いていて色がつくような成分が残ってないということです。
普通酒や本醸造、純米酒でも精米歩合が高いものをつくっていると、タンパク質なども多く含まれてくるので、少し色付きやすくなっているかもしれません。

玉乃光の酒粕は「白さ」も特徴。

羽場:
こうやって、酒粕をつき詰めていくと面白いよね。インターネット上にも、酒粕自体の特徴や成分を説明する記事はたくさんあるけど、黒粕や端っこ状態のことみたいな、生きてる情報はほとんど出てこないと思うんです。だから、ここでもどんどんこういった話をしてコンテンツを積み重ねながら、オンリーワンのサイトができるといいですよね。

粕のある暮らしを取り戻したい

羽場:
今、玉乃光ではオーガニック米の使用を推進しているんですが、オーガニック米の中でも、規格外のお米がたくさんあるんです。規格外のお米では特定名称酒(純米吟醸酒や純米大吟醸酒)がつくれないから、普通は酒屋さんは買わない、買えない。それで、農家さんが困る。

それをなんとかしようと、今回その規格外のオーガニック米を仕入れ、若手の醸造メンバーに少しずつ預けて、酒づくりに挑戦してもらってるんです。失敗してもいいから、と。小売りすることを考えなければ、自社で使う分には、税法やルールさえ守ればなんでもできます。

羽場:
で、ここからが酒粕の話なんですが、量が少ないので、いつもの醪搾機(お酒をしぼる機械)が使えないんです。 

山川:
ああ、じゃあ袋しぼりになるわけですね。

羽場:
そうそう。昔ながらに発酵した醪(もろみ)を袋に入れて吊るし、お酒が自然に重力でポタポタと滴り落ちるのを待つ方法です。板粕は醪搾機で圧力をかけてぎゅっと搾るから固まるのであって、袋しぼりだと、でろんでろんの酒粕が残るんです。要は、酒粕に日本酒がまだたっぷり残ってる状態ですね。

何ができるか想像できないけど、それもまた、何か新しいものを生みそうじゃない?

山川:
はい。面白そうですね。

——その挑戦も、ぜひここでレポートしましょう!

羽場:
ぜひぜひ。5月ごろになる予定かな。ただ、想像すると厄介なのは、日本酒より酒粕の方が量が多くなると思うんです(笑)。さて、それをどうこなすか。

山川:
スプーンですくって食べるのも、新鮮かもしれませんよ。

——昔はそうやって袋しぼりでお酒をつくっていたということですか?

山川:
はい。今回行う予定の「袋吊り」もあったと思います。他には「槽(ふね)」と呼ばれる容器に醪(もろみ)を入れた袋を積み重ねて上から押すという搾り方もありました。

羽場:
酒造工程の絵なんかで、見たことがあります。機械搾りより、袋しぼりの方がうまいっていう前提なんでしょ?

山川:
ぎゅっと搾れば搾るほど、エグ味みたいなものも一緒に出てしまうから、ですね。そのエグ味がなくて純粋だから、柔らかい口当たりになります。

羽場:
ふわふわの麹みたいになると表現する人もいたので、ちょっと楽しみにしています。

——少量だからできることっていうのもいいですね。

羽場:
本来ならやりたくないんですよ(笑)。ビジネスとしては大変ですからね。

——これからそろそろ暖かくなりますが。

山川:
そうなんですよ。もう酒粕が売ってない時期に入りますね。でも、まずは酒粕は冬のもの限定っていう概念を変えたいですよね。例えば甘酒は夏の季語だったりしますし、季節ごとの使い方を考えていくのも、私の仕事だと思っています。

羽場:
そもそも日本酒がそうなんですけど、12月の売り上げが平常月の3倍あるわけですよ。季節産業じゃないですか。四季醸造にする方法もありますが、日本特有の四季があるからこそ、あえてそれをやらない良さもある。もしも冬季の勝負だけで勝てるなら、むしろその方が楽しいと思うんですよ。実際に製造は2ヶ月休みなんだし、「夏は酒粕ありません」って。

それも素敵じゃないですか、2ヶ月夏休みのある社会人なんて。もしもちゃんと仕組みがつくれるなら、1年分を冬の期間にめっちゃ売るのもかっこいいと思いますよ。

山川:
最高ですね!ワクワクする仕掛けをたくさんつくっていきたいです。

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